自分らしく生きたい

自分の体験が誰かの生活のヒントになったらいいなと思います

絵を描くことと生きること/鼻歌を歌って生活するような

 

 

 

絵を描くことと生きること

 

 

12月11日深夜1時

 

 

10代のころ結構深刻に、でも内容は10代らしく、全力で病んでたから、絵とか描けたらきっと大人になっても楽しく生きられるんじゃないかって、現実逃避やら自己防衛やらのために絵の勉強を始めたわけなんだけど、絵を描いて生きるってつまり画家になるってことだとはずっと思えなくて、結局美大受験に落ちたのをきっかけに絵のお勉強は独学で、楽しくできる趣味の範囲内でって割り切って考えるようになった。それから3年余りが経過したんだけど、私が分からなかったのって絵を描いて生きるの「絵を描く」の方だけじゃなくって、「生きるの方」もだったんだな、いやそっちだったんだなって気づいたら、今だったら大人の心配する声とか、自分の中に渦巻く将来への漠然とした不安とか、跳ね除けながら毎日笑顔で生活できるって思える。絵を描いて生きることの、絵を描く難しさも、生きるの難しさもどちらもあって、それは一緒くたにはならないこと。絵は絵で、生きるは生きるで別のベクトルの苦労がある。

 


私は、生きることがすごく上手くなった。この1年間で強くそう思う。まず親元を離れて、一人暮らし、ご飯は自分で用意しないと出てこない。買い物に出かけるのも、買うのも、買うお金を用意するのも、買ったもの家まで運ぶのも、しまうのも、食べるのも、捨てるのも、掃除をするのも、全部、自分。そういうのって本当に、やってみないとそれがどんなものなのかわからない。大変さもあるけど、そこには楽しさとか生きがいもある。これが生きるってことで、一年でそれらは上達した。生きることが上達した。すごいことだ。

 


もともと、絵はある程度上手い。生きるを親任せに放っぽり出して、絵だけ描いてた訳だからそりゃそう。絵だけ上手いけど生きるのが下手なチグハグな状態から、生きる技が追いついてきたら、びっくりするくらい絵の方に伸び代が生まれた。もう絵だけで7年とか8年とかやってきて、私の実力はここまでかとほとんど諦めていたほどなのに、今は、私の絵はこれからだと希望を感じる。

 


親が子供に言って聞かせる場合の生きるって、お金稼ぎのことなんだろうけど、私はお金稼ぎが生きることだとは思わない。(もちろん親だってお金稼ぎが生きることだとは本当は思っていないだろうけど、でもどうしても子供に言うってなるとお金の話ばかりになるのはなぜだろう。お金以外、恋愛や友情は簡単に手に入るものだと思っているのだろうか。お金のない親に育てられて、お金をかけて子育てをしたバブル云々もありお金と共に社会を歩んできた世代だからだろうか。)私にとって生きるとは、何を食べてどこへ行って、誰と何をしてどこで何時に寝て…どんな気持ちで過ごすかを、自分の意思で選択して実行していくということ。自分の意思を持つということが、私の生きるということ。たくさんある選択肢の中で、自分がこれだ!と自信や希望を持って選択ができるための基礎知識を蓄える場所が学校で、卒業してからはその最善の選択を実行に移していく、大人になるとは、実行する人になるということ。何かを作ったり、任務を遂行したり、人や世の中のために明確なアクションを起こす人が大人。だからありきたりな言葉だけどお金は手段であって目的ではない。今の私にとってお金は、私の意思を実行するためにお金が必要になることもあるのでその際は社会貢献も兼ねて労働をしてお金を得る、みたいな感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月4日

 

毎日、鼻歌を歌いながら生活するような。

 

 

 

自分の生活が誰かに干渉されて成り立っていることが当たり前に思っている状態で、誰からの干渉も受けない時に、人は寂しいと感じるのだと知った。自分の中で発生する気持ちは常に誰かからの干渉で起こるものだと思い込んでいたけれど、自分の気持ちは自分1人でいても湧き上がるもので、それは自分ひとりの力で折り合いをつけなければならないものなのだと知ったし、その仕方が今ではわかるようになった。例えば家にいることが窮屈に思えば、部屋着に一枚羽織って防災センターの涼所(今は暖房のよく効いたロビー)で休むことにする。お腹が減ってきたなぁと思ったらなんか食べてみる。眠くなったら寝る、なんか、そういうことすらわからずに生きていたことを思い知った24歳。

 


思えば10代から、なかなか自立できずにいた23歳ごろまで、常にどこにいても私は父と母の子であり、家に帰れば姉妹がいて、そういう責任の所在とか自分の在処が常に家族の一員であるという感覚で、身の回りで何が起こっても他人事ならぬ家族事、私1人のことじゃなかった。それは難しい事柄は親に変わってもらえたということだし、気分の捌け口を姉妹に向けられたということ。自立したいとはあまり思わなかったのは、その生活がわたしにとって楽だったということ。

 


でも母が他界して、環境の変化も自分の気持ちの変化もあったりして、23歳と3ヶ月で強制的に自立しなければならなくなって、初めて1人で暮らすようになった。最初は干渉されない寂しさを感じたし、気分の捌け口が無くなって困ってた。だからそのどうしたらいいか分からない気持ちをブログになぐりかいてみたり、彼氏に泣きついて甘えさせてもらったりしていたけど、それも一年経って落ち着いた。自分の気持ちは自分で折り合いをつけるもの。誰からも干渉されないことが当たり前の生活に慣れれば、そもそも寂しいと思うことがない。(干渉力が弱いナチュラルな彼氏がいつも隣にそっといてくれるから自分の想像以上に寂しくないだけかもね。)ちょっとこれは結構大人になったのだと思った。この前姉がこっちに来てくれて一緒にモーニング娘。のコンサートを見に行ったのだけれど、その日は特別の日。特別に家族と干渉し合う日。もともと友達は少ないし、会社員もしていないので、干渉されると言えば家族だけ。私は結構すぐに1人の私の人生という生活に慣れた方なんじゃないかとむしろ思った。

 

 

 

私1人の人生という生活。月の半分だけ行くバイトとの距離感、休日は細々と作家活動をして、SNSでコメントをいただいたり、委託販売先でコツコツ商品が売れるファン(?)や仲間、他人との距離感。月10万円程度の収入、作家業でたまに入るお小遣い、ちょうど大人の人間がその日暮らしていけるだけのお金との距離感、似たもの同士恋人以上の彼氏との距離感、今なんかそういう自分と他との全部の距離感がちょうどよくて気分がいい。

 


だからこの気分のいい生活がなるべく長く続くようにしたい。